平成が終わり、令和が始まりました。平成に生まれた協会も、先人達のご努力により、大きく歩みを進めました。令和にあっても、一歩一歩着実に前進を続けなければなりません。
1. 4月に「NPO法人全国盲ろう児教育・支援協会」を作りました。盲ろう児の教育支援は協会創設の大きな目的の一つでありましたが、協会の社会福祉法人という性格もあってか、なかなか進みませんでした。 昨年の「ごあいさつ」で「ナショナルセンターに向け盲ろう児教育におけるセンター機能の強化が求められています」と触れましたが、NPOがこのセンター機能を担っていきたいと考えています。早速、文部科学省特別支援教育課を訪問し、NPO設立の趣旨を説明してきました。「力を合わせて頑張りましょう」という力強い言葉をいただきました。盲ろう児の保護者への相談体制、盲ろう児教育支援体制を、少しずつ整えていきたいと思います。
2.今年度から、盲ろう児者の医療アクセスと医療連携を支えるネットワークの構築事業を開始しました。国立病院機構東京医療センターと連携して盲ろう児者の迅速な受診と連携した診療を支援するためのネットワーク作りに取り組んでいきます。そのため、盲ろう医療相談窓口の設置、窓口情報の普及などを行います。この事業の中心となる医師・松永達雄(まつながたつお)先生は、毎年、全国盲ろう者大会に参加いただいています。
3.平成30年度から施行された、「同行援護事業の枠組みを活用して盲ろう者の通訳・介助を行う新たな制度」の普及・定着も、令和の大きな課題です。協会としても、引き続き、説明会等制度の周知に努めます。
4.最後に一つお詫びを申し上げます。平成30年度決算が500万円程度の赤字となりました。昨年の「ごあいさつ」で、「平成30年度予算はなんとか黒字で編成することができました」と胸を張りました。結果は、理事長就任以来の2年間収入・支出両面で努力を続けてきたつもりでしたが、約1000万円の赤字(平成28年度決算)の半減にとどまりました。協会財政の健全化は事業展開の礎です。これも、令和の大きな課題となりました。
暑さが厳しくなりますが、ご自愛いただき、8月下旬、名古屋国際会議場で元気に再会しましょう。楽しみにしています。
理事長 真砂 靖
(協会だより第30号「ごあいさつ」より抜粋)
昨年3月に理事長に就任して、まだ1年余ですが、いろいろなことがありました。
1.昨年6月の評議員会では、約1000万円の赤字決算(平成28年度決算)をご審議いただきました。評議員の皆さんからは、御叱正ではなく、皆で黒字化に向けて努力しようという熱い励ましをいただきました。寄付・会費を増やすため福島理事に経団連・商工会議所で講演をしてもらったり、経費節減のため全国大会を2年に一度は首都圏開催にしてもらったり、事務局ではネット募金をはじめたり(7月31日現在、3882人の方から76万円の寄付をいただいています)、その結果、今年度の予算(平成30年度予算)は、なんとか黒字で編成することができました。協会財政の健全化が理事長としての第一歩となりました。
2.昨年末の国の予算編成で、同行援護事業の報酬単価が決定し、今年の4月1日から、法律に基づく個別給付である同行援護事業が利用可能になりました。皆さんの長年の努力の賜物です。裁量的事業である地域生活支援事業は、利用時間が短かったり、地域によってまちまちであったり、いろいろ難点があります。同行援護事業を併用することで、この難点を減らすことができます。協会としては、まず、この事業の利用を促進するため、広報・説明会の開催に尽力しています。更には、この制度を使い勝手の良いものにするため、現場での施行状況をしっかり把握していきたいと考えています。コミュニケーションや移動の支援を得て、社会参加をもっともっと進めていきましょう。
3.昨年のご挨拶でも触れました、日本版ヘレン・ケラー・ナショナルセンターについては、「盲ろう者の総合リハビリテーション・システム検討委員会」の報告書がまもなくまとまります。ナショナルセンターに向け、協会におけるセンター機能の強化、たとえば、盲ろう児教育におけるセンター機能の強化が求められています。 一歩、二歩と歩みを進めていきたいと考えています。
暑さが厳しくなりますが、ご自愛いただき、8月末の幕張メッセで、皆で元気にお会いしましょう。
理事長 真砂 靖
(協会だより第29号「ごあいさつ」より抜粋)
全国盲ろう者協会が、盲ろう者支援のための通訳・介助員の養成や派遣事業などを行うことを目的として設立され、四半世紀が経ちました。この間、先人たちの弛まぬ努力により、視覚と聴覚の重複障害である「盲ろう」という言葉がようやく少しは知られるようになり、又、アメリカのヘレン・ケラー・ナショナルセンター(注)のような盲ろう者のためのセンターを我が国にも作るための調査研究も始まっています。
それでも、まだまだやるべきことが山積しています。協会に登録している盲ろう者は、約1,000名です。また、通訳・介助員のサービスを利用している盲ろう者も、全国で約1,000名に過ぎません。協会が、身体障害者手帳に基づき行った平成24年度の調査によれば、視覚と聴覚の重複障害者は全国に少なくとも1万4,000人という結果です。また、盲ろう者であっても、視覚と聴覚の両方の手帳を所持していない人もいるので、実態はもっと多いとも言われています。仮に、1万4,000人を前提としても、一割未満の登録率であり、通訳・介助サービスの利用率です。もっと多くの盲ろう者が、コミュニケーションや移動の支援を得て、社会参加を進めていく必要があります。
協会は、有志の方々の会費・寄付によって支えられていますが、今の活動でも、赤字が発生しています。私は公務員時代、社会保障予算を担当したことがあります。社会保障予算は、最大の予算項目で、30兆円に上ります。にもかかわらず、本当に困っている分野には、その対象人数が少ないこともあってか、充分に光があたっていないのが実情です。
皆様のご理解とご協力が盲ろう者の生きることを支え、その社会参加を可能にします。
協会へのご支援をお願い申し上げます。
(注)有名なヘレン・ケラーは、視覚・聴覚の両方を失い、多くの場合発声も困難でした。そのすさまじいハンディを克服して、世界の障害者に夢と希望を、そして健常者に感動を与えました。その陰には、彼女自身の努力と才能もさることながら、サリバン先生の献身的は支えがありました。ヘレン・ケラー・ナショナルセンターは、皆でこのサリバン先生の役割を担おうと、アメリカに設立された盲ろう者の支援施設です。
理事長 真砂 靖
(協会だより第28号「ごあいさつ」より抜粋)
早いもので、昨年、この『協会だより』でごあいさつを申し上げてから1年が経ちました。この間、当協会は、静岡市での全国盲ろう者大会の開催をはじめ、諸般の事業を滞りなく実施することができました。ひとえに、賛助会員の皆様や盲ろう者の通訳・介助にあたってくださっている皆様など、関係者の方々のご尽力のたまものであり、改めて厚く御礼申し上げます。
当協会は、平成3年の設立当初から厚生労働省やその外郭団体の福祉医療機構から委託された事業を中心に活動を行ってまいりました。はじめは、協会設立の大きな目的でもあった盲ろう者への通訳・介助者の派遣事業が中心でしたが、これが都道府県等によって実施されるようになった現在では、全国で通訳・介助者の養成に当たる指導者の育成、盲ろう者によるパソコン利用の指導や宿泊型の自立訓練など、高度に専門性を必要とする事業が主体となっています。盲ろう者の生活相談や機関誌『コミュニカ』の発行など、当初から続けている事業も含めて協会の事業の大半が国によって支えられているという状況には変化がありません。各地の通訳・介助者派遣も同様に公的な資金によって賄われています。
協会の予算規模はこの25年間、ほとんど変わらないのですが、今年、平成28年度の国の障がい者福祉関係の予算を10年前の平成18年度のそれと比べると、8千億円余りから1兆8千億円余へと2倍以上になっています。もちろん障がい者福祉に充てられる予算の拡充は歓迎するべきことですが、手放しで喜べるものでもありません。人口の高齢化に伴い、わが国では障がい者の数も年々増加していますが、この増加に対応してこれからも継続して安定的予算が確保されるかどうか疑問がないわけではないからです。このことがより深刻で切実なのは、他の社会保障分野です。年金・医療・介護等の社会保障給付の増加に社会保険料の増加が追い付かず、公費による負担は毎年1兆円規模で増え続けています。ご承知のとおり日本の人口は数年前から減少に転じていますが、高齢者はこれからも増え続けます。わが国の財政は、今でも歳入の3分の1以上を公債金収入に頼っていて、国・地方を合わせた長期債務残高は優に1千兆円を超えています。これはわが国のGDPの2倍を超え、欧米主要国はもとより財政が破たんしたギリシャをさえ上回る水準です。
障がい者や高齢者など、すべての国民が等しく安心して暮らせる社会を目指すことに異を唱える人は少ないはずです。他方、こうした安心・安全を確保するには費用がかかりますが、いざその費用の負担となると、途端に異論が続出するのが現実です。その結果もたらされたのが、膨大な財政赤字であり、将来世代へのいわばツケの先送りです。高福祉の国家を志向する北欧諸国を筆頭にヨーロッパ諸国の国民負担率、すなわちGDPに占める租税と社会保険料の割合は、日本よりもはるかに高く、ほとんどの国の消費税率が20%以上です。これに対してアメリカは、日本よりもさらに国民負担の軽い国です。低い負担と優勝劣敗の激しい競争が国の活力の源でもあるのでしょうが、オバマ大統領が公的な医療保険制度の導入を唱えたことからも分かるように、欧州や日本に比べて社会保障制度が十分に整備されず、格差の大きい社会となっています。
北欧型とアメリカ型のどちらを選ぶかは国民の判断ですが、盲ろう者を含めて圧倒的多数の障がい者が、前者を支持することは間違いないでしょう。そうだとすると、高い福祉水準の実現のために、自分たち自身が進んで可能な負担を引き受けるだけではなく、すべての国民にその必要性を理解し、高い負担を厭わない姿勢を持ってもらえるように努めることが必要なのです。消費税の10%への増税が再度延期されました。個々人の当面の税負担は少なくて済みます。しかし、これは障がい者が期待する国づくりをより難しくするものであることを忘れてはならないのです。高齢者ら他の弱者には冷たいけれども障がい者にだけは優しい国などはあり得ないのですから。
アメリカは、国民負担が少なく、格差の大きい社会ですが、富裕層の寄付によって芸術・文化活動や社会福祉事業が支えられているのも大きな特徴です。対GDP比でみると、日本の寄付総額は未だアメリカの20分の1程度でしかありませんが、年々寄付への関心は高まっていて、大震災時などには多くの寄付が集まるようにもなってきました。当協会の寄付金収入は、私どもの力不足のせいで、この25年間、一進一退を繰り返していますが、昨年は、地方在住の篤志の方から多額のご寄付を頂戴しました。ごく普通の市民の方で、テレビでたまたま盲ろう者のことを見たのがきっかけだとお聞きしました。この方のように温かい気持ちをお持ちの方は少なくないと思います。こうした方々に、日本にも、盲とろうという大きなハンデと戦っている人がたくさんいること、そして当協会と全国各地の友の会とがかれらが生きる上での大きな支えになっていることを知っていただくことが、これまで以上に重要になっていると思います。盲ろう者の皆様にはメディアの取材にも積極的に応じるなど、これからも自らの存在を広く世にアピールしていっていただくことを期待しています。
先般、NHK(BS放送)で当協会も制作に協力した「奇跡の人」が放映されました。言語の存在を知らなかった学齢期の女児海ちゃんが型破りなサリバン先生、一拓君の熱意によって触手話によるコミュニケーションができるようになるというドラマです。盲ろう児にはコミュニケーション手段をはじめとする小児期の教育が極めて重要です。その教育手法の開発も協会の大きな目的の一つであり、それなりの研究も重ねてまいりました。ドラマでは、海ちゃんがコミュニケーションできるようになるまでに2年以上かかっているのですが、当協会に相談をしてもらえれば、おそらくは数ヶ月で済んだことでしょう。それは大きな成果ですが、他方で協会は、今、一拓君に相談に来られても、その場で直ぐにアドバイスをしたり、一拓君と海ちゃんのところに出向いて直接指導をしたりすることができるスタッフを自ら擁しているわけではありません。もしこうした体制を整えることができれば、この数ヶ月をさらに短縮することが可能になります。現在の協会の財政基盤に照らすと夢物語ですが、日本版ヘレンケラーセンターの設置に向けての課題の一つであると考えています。
理事長 阪田 雅裕
(協会だより第27号より抜粋)
早いもので、神戸での全国大会から1年が過ぎました。皆様がこの『協会だより』を手にされる頃には、静岡での全国大会が盛大に開かれていることと思います。静岡での大会は、2011年に予定されていたにもかかわらず、同年3月の東日本大震災の発生を受けて中止されたという経緯があります。当協会の20余年の歴史の中で、開催が見送られたのはこの2011年だけですから、その静岡での改めての開催は感慨深いものがありますが、史上最多の盲ろう者の参加が見込まれているのは、嬉しい限りです。
おかげさまで、当協会は昨年度も1年間、ほぼ滞りなく予定した事業を遂行することができました。これもひとえに盲ろう者の通訳介助に当たられる方々の熱意と、賛助会員その他協会に資金面でのご支援をくださった皆様の善意、そして山下事務局長をはじめ協会の職員の方々のご尽力の賜物であり、改めて感謝申し上げたいと思います。平成25年度には大赤字を記録して、ご心配をおかけした当協会の財政も、昨年度はどうにか黒字で終えることができました。もっともこれには、ある篤志の方から多額のご寄付をいただいたという幸運があってのことであり、協会の財政構造そのものは引き続き厳しい状況であることに変わりがありません。
その大きな理由は、盲ろう者に対する理解の輪がなかなか大きくならないことです。さらにその原因をたどってみると、視覚障がいや聴覚障がいなど、障がいが単一の人に比してその人口が圧倒的に少ないことと、盲ろう者自身がその存在を世の中に伝えることが難しいことにあると考えられます。ヘレン・ケラーの知名度がとても高いだけに、彼女以外にも盲ろう者の存在が知られることの少なさにしばしば驚かされます。当協会が発足してから四半世紀が経とうとしています。この間、協会は盲ろう者の存在を一生懸命世に訴えてきましたが、日本にも大勢の盲ろう者が居ることを知っている国民はまだまだ限られています。盲ろう者に関する広報活動は、それ自体が協会の大きな役割の一つでもありますが、同時に協会の財政基盤を確立する上でも不可欠です。
とはいっても、一般の人に直接、盲ろう者に接し、その実情を知っていただく機会は極めて限られます。そうしたことを考えると、盲ろう者を取り上げた映像のもつ意味は大きいといえます。最近も、次の二つが印象に残りました。
もう一つは、6月に上映されたフランス映画「奇跡のひと」です。19世紀末にロワール地方の農家で、教育を受ける機会もなく育った14歳の盲ろうの少女マリーが、修道女マルグリットの献身的な努力によって触手話を習得し、マルグリットの天国への旅立ちを見届けるまでのごく短い間の物語です。「彼女はことばを待っている」というマルグリットの台詞が象徴するように、先天的な盲ろう児が言葉を獲得し、コミュニケーションの能力を身に付けることの困難さとそれらが得られた時の喜び、世界の広がりがとても精緻に描かれていたと思います。良く知られているようにヘレン・ケラーの場合のキーワードはウォーター、水でしたが、マリーの最初の「ことば」はナイフ、彼女が肌身離さず持っている折り畳み式のナイフでした。東京での試写会には秋篠宮妃と佳子内親王もお越しになり、福島理事の説明に耳を傾けてくださったそうです。
マリーはその後も学習を重ね、修道女として36年の生涯をその修道院で閉じたということでしたが、それから100年以上経った現在、フランスでは、盲ろう児の教育をどうしているのだろう、盲ろう者の通訳・介助体制は整っているのだろうかと、ついつい気になってしまいます。4年おきに世界大会が開かれていることからも分かるように、盲ろう者は世界中で暮らしています。当協会でも近年、韓国、ネパール、ウズベキスタン等、アジアの国々に対しては、福島理事らが赴き、盲ろう者支援体制の整備の手助けをしていますが、その一方で、ヨーロッパの国々の盲ろう者のための施策についての知見はあまり集積されていません。盲ろう者のためのナショナルセンターを検討する上でも、改めて先進諸国の盲ろう者支援の現状を把握する必要があるのではないかと考えさせられたりもしました。
それはさておき、これらの映像は多くの人に盲ろう者の存在とその厳しい日常を知ってもらう上で大きな力になったと思います。私たちはこれからも、様々な機会をとらえ、また、いろいろな方法で、盲ろう者のPRを続けていかなければなりません。
当協会は今年度、門川紳一郎評議員、真砂靖元財務事務次官のほかに、畔柳信雄三菱東京UFJ銀行特別顧問、清野智JR東日本会長、隅修三東京海上日動火災保険会長の3氏に新しく理事に就任していただきました。3氏が社長を務められたそれぞれの会社には、以前から当協会に多大なご支援をいただいていますが、それだけではなく、これらの理事の皆様は、賛助会員等として個人的にも当協会の応援を続けてきてくださいました。
日本を代表する企業の経営に当たってこられた方々ですから、今後、協会の運営について様々なアドバイスをいただけることと思いますが、同時に、財界その他各方面での発信力をお持ちの方々でもありますので、より多くの企業や国民に盲ろう者の存在と当協会の活動を知ってもらう上で大きな力になっていただけるものと期待しています。これら新しい理事の方々のご助力も得ながら、当協会はいよいよ、次のステージの大事業、ナショナルセンターの設置に向けての第一歩を踏み出そうとしています。皆様にも、引き続き力強いご支援を賜りますよう、心からお願い申し上げます。
理事長 阪田 雅裕
(協会だより第26号より抜粋)
今年も盛夏の時期となりました。この1年間、皆様方には当協会に対しまして変わらぬご支援を賜りましたこと、改めて厚く御礼申し上げます。
皆様方の多大のご支援にもかかわらず、残念ながら、昨年度の当協会の収支は2年続けての赤字、それも一昨年度の2百万円余とはけた違いの大幅な赤字を計上する結果となってしまいました。協会の運営に責任を負う者として、深くお詫び申し上げます。昨年度は幸いにして、これまでの余剰金を取り崩して赤字を補てんすることができましたが、このような状況で推移すると、数年で累積余剰金も底をつき、協会の存立そのものが危機に瀕することになります。
今般の赤字には、職員の退職等に伴う一時的な要因も加わってはいますが、長年継続的にいただいていた大口の寄付が途絶えるなど、財政収支に構造的な問題があることも否定できません。そこで、今後、協会には、事務運営体制の思い切った見直しにより、経費の大幅な削減を図るとともに、収入の確保に向けても抜本的な取組みを行うことが求められます。こうした過程において、会員たる盲ろう者の方々や全国の友の会の関係者にも何かとご不便、ご負担をおかけすることも予想されますが、こうした厳しい現状をなにとぞご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
また、賛助会員の皆様などから頂戴するご支援がこれまでにもまして協会の大きな支えとなってまいります。引き続き当協会と全国の盲ろう者に温かいご支援を賜りますよう、改めてお願い申し上げる次第です。
当協会の発足から20年以上が経過しました。この間、盲ろう者友の会など、全国各地に盲ろう者支援の組織が設置され、また、法制的にも盲ろう者支援が地方自治体の事業として明確に位置づけられることになりました。もっとも、通訳・介助者養成、派遣事業の予算規模は都道府県によって異なり、未だに盲ろう者1人につき1ヶ月当たり10時間にも満たない自治体が少なくありません。何といっても通訳・介助者の確保は盲ろう者のいわばライフ・ラインですから、引き続きその拡充に向けて協会の努力が求められることはいうまでもありませんが、協会設立時の大きな目的は一応達成されたといえましょう。
その意味では、協会の活動もいよいよ次のステージに進むべき時期にきているように思います。具体的には通訳・介助者派遣という盲ろう者に対するサービスの提供を超えて、盲ろう者自身の自立を促すための事業の展開です。そのためには、盲ろう児の学習指導、盲ろう者の生活自立訓練、さらには盲ろう者の就労訓練等を総合的に実施することのできる拠点、日本版ヘレンケラー・センターともいうべきナショナルセンターの設置・運営が不可欠です。
すでに東京都では、数年前に東京都盲ろう者支援センターが設置され、東京盲ろう者友の会がその運営にあたっているほか、当協会でも過去2年間、厚労省の委託を受けて計8名の盲ろう者を対象に各々1ヶ月間の自立訓練をモデル事業として実施してきました。このようにナショナルセンターの運営に向けてのいわば助走は始まっているのです。
もっとも、当協会の財政基盤などに照らすと、ナショナルセンターの設置自体はもとより、その後の運営も自前の収入だけを頼りに行うことは不可能ですから、その設置・運営には国の財政支援が大前提となります。今後、東京都の盲ろう者支援センターの運営実績やモデル事業の実施状況を踏まえて、国に対し、ナショナルセンター設置の必要性について理解を求め、併せてその運営のあり方についてもさらに検討を深めていきたいと考えています。
さて、一昨年まで当協会の事務局長を務めてくださった塩谷治先生がさる6月23日に逝去されました。ご承知の方も多いと思いますが、塩谷氏は、福島智理事の筑波大学附属盲学校での恩師であり、彼の進学、そして大学・大学院での勉学を中心になって支えて来られました。塩谷氏は、当協会の実質的な創設者であっただけではなく、創設後もヨチヨチ歩きの協会をこれまでに育て上げてくださった大恩人です。福島さん以外にも、先生に勇気づけられ、生きる目標を与えられた盲ろう者は少なくないはずです。
そうした皆様とともに、謹んで先生のご冥福をお祈り申し上げたいと思います。
理事長 阪田 雅裕
(協会だより第25号より抜粋)
例年にも増して暑さの厳しい夏ですが、皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。思い起こすと昨年の今頃、当協会は、事務局長不在という困難な状況に直面していました。松山市での盲ろう者の全国大会は、そうした中での2年ぶりの開催でしたが、中・四国ブロック会議のメンバーの方々や地元のボランティアの皆様のご尽力によって盛況裡に終えることができました。その後は、10月に山下新事務局長をお迎えして事務局の体制も整い、一段と多様化した事業のすべてを滞りなく進めることができました。いうまでもなく、盲ろう者の通訳・介助に当たってくださった方々や賛助会費・ご寄付等を通じて協会の財政を支えてくださった皆様のご支援があったればこそであり、紙面を借りて改めて厚く御礼申し上げます。
協会は昨年度、厚生労働省の委託を受けて、盲ろう者を対象とする滞在型の自立訓練事業を実施しました。約1ヶ月間、盲ろう者に都内のウイークリー・マンションに単身で寝泊まりしてもらい、日中は、東京都盲ろう者支援センターなどで自立に必要な生活等の訓練を受けるというもので、実務は全面的に東京盲ろう者友の会が担ってくれました。当面は、モデル事業という位置づけですが、将来の盲ろう者のためのナショナルセンター開設に向けた第一歩として、大きな意味を持つ事業であると考えています。ちなみに、現在では、「地域生活支援事業」として法定されるまでになった後述の盲ろう者への通訳・介助者派遣事業も、当初は、協会が現在の独立行政法人福祉医療機構から受託して、同様のモデル事業として実施していたものです。
ご承知のように昨年、障害者自立支援法が改正され、いわゆる障害者総合支援法として本年4月から施行されています。障害者総合支援法は、それまでの障害者の「自立」に代えて、「基本的人権を享有する個人としての尊厳」を明記し、障害者一人ひとりに社会参加の機会や生活選択の機会が十分に与えられることを基本理念として掲げています。この基本理念の実現のためには、障害の程度に応じて必要十分な公的支援が行われる必要があることはいうまでもありませんが、これに劣らず、障害者自身が、強い意思を持って、その有する能力を十分に開発し、これを最大限に活用する努力を行うことが重要です。同時に、こうした障がい者の努力を適切に支援する体制を整えなければなりません。盲ろう者は、障害の程度や態様が千差万別、非常に個性に富んでいることが大きな特徴です。上記のモデル事業には、初年度、4名の盲ろう者が参加されました。こうした事業を通じて、一人ひとりの盲ろう者が、それぞれの障がいの個性に応じて、コミュニケーション能力など、社会参加・共生を果たす上で必要な力をできるだけ効率的に身につけることができるように、訓練手法についてのノウハウを蓄積し、これを全国各地に展開していくことが、協会の大きな使命であると考えています。
幸いにして身近には福島智さんのように、立派に社会参加を果たしている盲ろう者が居られます。盲ろう者全員の本質的な意味での自立と社会参加の実現、これが協会の究極の目標であり、その達成に向けて、歩みを続けてまいります。
障害者総合支援法では、都道府県が行う地域生活支援事業の一つとして、新たに「特に専門性の高い意思疎通支援を行う者を養成し、又は派遣する事業」が定められ、さらにこの法律の施行規則(厚生労働省令)においては、触手話と指点字通訳者の養成と派遣は、都道府県の必須の地域支援事業に位置づけられました。20年前には盲ろう者の存在すらほとんど知られることなく、指点字なども福島智さんの占有に近かったことを思うと、指点字の普及、それにも増して、盲ろう者が人として生きるためには通訳・介助者の手が欠かせないことが広く知られるようになったことに隔世の感を禁じ得ません。
今後とも、この都道府県の盲ろう者通訳の養成・派遣事業の質と量を確保することが重要ですが、それ以前に、未だ各地の友の会の支援の手が届かず、尊厳をもった生を送ることのできていない盲ろう者が少なからずおられることに胸が痛みます。昨年度、上記のモデル事業と同様に厚生労働省からの受託事業として協会が実施した盲ろう者の実態調査では、各市町村から視覚と聴覚とに重複して障害が把握されている1万3千人の方々に調査票を送付したにもかかわらず、協会に回答が寄せられたのは3千通弱です。プライバシー保護の観点から市町村は調査票の送付先を開示しませんので、協会や友の会では、残る1万人の方々の現況を知るすべがありませんが、過日もテレビの報道番組で、お父さんとお兄さんが亡くなられた後、何年もの間、一軒家で一人暮らしを続けておられた東京在住の盲ろう者の様子が報じられていました。こうしたいわば埋もれた盲ろう者の掘り起しは、私たちの大きな責務であり、そのためには家族など、盲ろう者の周囲に居る人たちに協会や友の会の存在を認知してもらうことが不可欠です。こうした観点から、協会は引き続き広報活動にも注力してまいりますので、皆様方の変わらぬご支援をお願い申し上げます。
空前の大震災から早くも一年が経過しました。昨年の今頃は、先行きの展望が開けないまま、当協会も、2013年に予定していたヘレン・ケラー世界会議の開催を中止することとしたり、20年間、欠かすことなく開いてきた盲ろう者の全国大会を取り止めたりと、2011年度は不安一杯のスタートでした。今もなお被災地での復旧・復興や被災された方々への支援に向けた課題は山積しているのでしょうが、日本の社会全体を眺めると、当初に予想されたよりは速やかに元気を回復しつつあるように思います。当協会も、結果的には、2011年度にも当初の予算を上回る寄附金や賛助会費をいただくことができ、盲ろう者の全国大会を除けば、予定をした事業を滞りなく実施することができました。協会を財政面で支えてくださる皆様に感謝申し上げますとともに、通訳・介助者ら全国各地で盲ろう者の活動を支援してくださっている皆様のご尽力に改めて厚く御礼申し上げます。
昨年末のニュースレターでご報告申し上げたように、昨秋、天皇・皇后両陛下に、わが国の盲ろう者、そして当協会の活動を中心とした盲ろう者福祉について、ご進講をさせていただく機会を賜りました。両陛下は、1時間余りも、私どもの説明に耳を傾けてくださいましたが、特に皇后陛下には、ご幼少の頃に、来日したヘレン・ケラー女史の話を聞かれたこともあるとのことで、様々なご下問を賜りました。障がい者に思いを寄せてくださる両陛下のお優しく、暖かいお人柄に強く打たれた次第です。
このご進講は、協会にとってとても名誉なことであることはいうまでもありませんが、それにも増して、協会が発足するまでは、ほとんど知る人もいなかった盲とろうの重複障がい、そして盲ろう者の存在が、昔流にいえば「天聴に達する」までに至ったことに深い感慨を覚えます。知ってもらうこと、これが福祉の第一歩ですし、福祉を充実させていくために欠かせない前提です。『コミュニカ』などの広報誌の配布や盲ろう者の大会の全国各地での開催は、盲ろう者のいわば知名度を上げることを大きな目的としてきましたが、こうした活動が、着実に実を結びつつあることは、大変うれしいことです。
盲ろう者は、1人での移動が至難であるだけでなく、他の人の手を借りないと対話ができないという、他の障がい者にはない大きなハンデを背負っていますが、協会としては、これまでの協会の活動を踏み台にして、これからは、盲ろう者も、他の障がい者と同じように、協会などの第三者が企画し、実施する事業に参加するだけではなく、自分たちのイニシアティブで積極的に活動を展開していくことを期待しています。協会は、こうした盲ろう者の主体的活動の中核を担う人材を確保するため、「全国盲ろう者団体ニューリーダー育成研修会」などを実施してきましたが、これからも、事業の実施に際しては、できるだけ幅広く盲ろう者の意見を聴取するなど、盲ろう当事者の視点を大切にしていきたいと考えています。夏の全国大会が、今年度から、各ブロックが輪番で開催されることになったのも、当事者団体の連絡協議会の意向を踏まえたものです。今年の中国・四国地区(松山)に次いで、来年は関東(千葉)、再来年は近畿(神戸)で開かれることになっています。
最近では知る人が少なくなってきましたが、協会の設立当初は、事務局職員も1人しか雇用できず、時にはその職員が辞めてしまって誰もいないという有様でした。そんな中で、多忙な学校の仕事の合間を縫って、様々な申請書類の作成など、実務を支えてこられたのが、筑波盲学校におられた塩谷先生です。8年前に盲学校を退職された後は、協会の常務理事・事務局長として、友の会が設立されていない県での組織づくりや道府県の通訳・介助者派遣事業の予算の確保のために全国を飛び回るなど、盲ろう者福祉の充実に心血を注いでこられました。協会の20年間は、塩谷事務局長あってこそのものといっても過言ではありません。その塩谷事務局長が病に襲われ、現在厳しい闘病生活を続けておられます。塩谷事務局長が早期に回復されるよう、全国の盲ろう者とともに祈りたいと思います。また、厚生労働省や友の会の方々など、関係の皆様には何かとご迷惑をおかけすることがあろうかと思いますが、協会職員が、皆で力を合わせて、この大きな空白を埋めるべく努力を続けてまいりますので、なにとぞお許しくださいますようお願い申し上げます。